大判例

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東京高等裁判所 昭和53年(ネ)2193号 判決 1980年1月28日

控訴人(被告)

日下部菊次郎

被控訴人(原告)

清水徳次郎

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し一九八万二八四八円及びうち一六八万二八四八円に対する昭和四九年一〇月一一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

被控訴人は控訴人に対し二九万八四三一円及びうち二四万八四三一円に対する昭和四九年一〇月一一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の反訴請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを七分し、その六を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。被控訴人は控訴人に対し三一九万九三一〇円及びうち二八九万九三一〇円に対する昭和四九年一〇月一一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり附加、訂正する外は、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

(控訴人の主張)

一  被控訴人は衝突前にブレーキを放したという趣旨の主張をするが、ブレーキを放したということ自体過失がある。適正に操作をすれば容易に衝突を免れることができたに拘らず、操作を誤つた過失があるというべきである。

二  仮に本件事故につき控訴人に何らかの責任があるとしても、被控訴人は本件事故当時ヘルメツトを着用しておらず、そのため傷害の程度を拡大したのであるから、被控訴人の右過失は賠償額の算定につき斟酌されるべきである。

(被控訴人の主張)

本件道路上には被控訴人車のスリツプ痕の終点と衝突地点との間にステツプ痕が印されておるのであるから、スリツプ痕の起点から衝突地点までの距離を制動距離として被控訴人車の速度を逆算すべきではない。被控訴人は本件衝突の直前自車のハンドブレーキを緩め、フードブレーキを作用させるための足の踏込を弱めたものと思われる。

(証拠関係)〔略〕

理由

一  昭和四九年一〇月一〇日午前七時三五分頃船橋市二和町二四〇番地先の路上で、右道路を船橋市金杉町方面から同市三咲町方面に向つて走行中の被控訴人の運転する自動二輪車(車両番号習志野ま三〇〇五号・以下本件単車という)と、右道路の横から出てきた控訴人の運転する耕運機(以下本件耕運機という)とが衝突したことは当事者間に争いがない。

そして、成立に争いのない甲第八号証の一、二、第九号証の一ないし三、原審における控訴人・被控訴人各本人尋問の結果によると、

(一)  本件道路はアスフアルト舗装をした東西に通ずる平坦な市道で、車道の幅員は八・九〇メートル、両側の歩道は一・四〇メートルあり、その外側には無蓋の側溝があり、事故現場附近は直線で見通しはよく、六〇キロの速度制限のされているところであつた。

そして事故現場は北方に通ずる幅員三・五メートルの私道が丁字形をもつて交差する地点であるが、本件事故後所轄警察署係官の実況見分をした同日午前八時頃には路面は乾いておつたところ、市道の北側車線に長さ約九・三〇メートルの一条のスリツプ痕(起点で車道北端より二・三〇メートル、終点で二・二〇メートル)が路面に印され、その終点から一・七メートルをおいてさらに六・六メートルのさつか痕・ステツプ痕がほゞ同一方向に印され、続いてその前方にはオイルがこぼれており、スリツプ痕の終点から約五・一メートルの地点(以下甲点という)附近に靴が落ちていた。

(二)  被控訴人は前記のとおり金杉町方面から時速約六〇キロで左側車線を東進し、甲点の西方約四〇メートルの地点にさしかゝつたとき、控訴人の本件耕運機が前記私道の南端(以下乙点という)附近にあるのを発見したが、被控訴人の進路を妨げて市道に進入することはあるまいと思つてそのまゝ進行した。一方控訴人も畑作業に行くため無免許ながら、本件耕運機を運転し前記私道を通り市道に出て右折すべく乙点にさしかゝつたのであるが、右方から自動車が交差点に入つてくることはないと思つてノロノロ市道に進出した。被控訴人は予期に反した控訴人の行動を約三〇メートル手前で気づき、急ブレーキをかけ、甲点の手前約五・一メートルまで滑走し、間に合わないとみてハンドルを左に切ろうとしてブレーキをゆるめたが、本件単車はそのまゝ直進し、甲点附近で本件耕運機の右前泥よけ附近に衝突し、これをさらにやゝ左前方に押し戻し、自らもその右方に転倒して停止した。

以上の事実を認めることができ、前掲甲第九号証の一ないし三記載の各供述、控訴人・被控訴人各本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を左右できる証拠はない。

被控訴人は、最初に本件耕運機をみた時点で減速措置をとつたというけれども、前認定の事故の模様・路面に印せられた痕跡からみて減速措置をとつたものとは認定できず、一方控訴人は乙点において一旦停止し左右を確認して発進したと主張し、前掲甲第九号証の二・三記載の控訴人の供述、控訴本人尋問の結果中には右主張にそうものがあるけれども、右甲第九号証の三中には反対側車線を通過した車があつたから右方の安全を確認しなかつた旨の供述記載もあり、本件耕運機が市道中心近くまで進出し事故が起つていることに徴し容易に措信できない。

なお控訴人は被控訴人の将来を考えて警察官に対し虚偽の供述をした旨主張し、前掲甲号証記載の控訴人の供述の信憑力を争うけれども、前掲控訴本人尋問の結果によれば、控訴人が故意に虚偽の供述をしたものでないことは明らかであるから右主張は採用しない。

しかして前認定の事実によれば、控訴人は私道から市道に進出しようとしたのであるから、交差点の手前で一時停止して右方の道路の安全を確認して発進すべきであつたに拘らず、右安全確認を怠り漫然道路に出た過失があり、一方被控訴人においても前方の注意を怠り、控訴人が左側私道から道路上に進出してくるのに気づかず、自車の進行を妨げることはあるまいと軽信し漫然進行を継続した過失があり、控訴人被控訴人双方の過失により、本件事故が発生したものというべく、いずれも相手方の蒙つた損害を賠償すべき義務あるものといわなければならない。

二  よつて損害賠償額について検討するに、前認定の事実によれば、本件事故発生について寄与した過失とはいえないけれども、被控訴人には衝突直前において判断を誤りブレーキをゆるめて直進し、衝突によるシヨツクを大きくし損害を拡大させた過失があり、右の過失は賠償額の算定につき考慮しなければならない。

また、控訴人は被控訴人は本件事故当時ヘルメツトを着用していなかつたから被控訴人に対する賠償額の算定につき考慮すべきであるというけれども、後記認定の損害のうちヘルメツト着用により避け得られたと認めるべきものはないから右主張は採用しない。

してみると、損害賠償額の算定は控訴人九・被控訴人一の割合をもつてするのが相当である。

(一)  そこでまず、被控訴人の蒙つた損害についてみるに

1  被控訴人が本件事故に基き蒙つた傷害の程度及びこれが診療に要した費用についての認定判断は、原判決説示の理由(原判決一三枚目表初行から一四枚目裏二行目まで)と同一であるからこゝにこれを引用する。してみると以上合計六二万八七二〇円を前記割合に応じ按配すると控訴人の賠償すべき額は五六万五八四八円となる。

控訴人は被控訴人はいわゆる自由診療による治療費は不相当な支出であるというけれども、国民健康保険による診療を受けられるにかかわらず自由診療を受けたからといつて直ちに不相当な支出ということはできないから右の主張は採用しない。

2  慰藉料(一〇〇万円)

前認定の諸般の事情をあわせ考えると、被控訴人に対する慰藉料は一〇〇万円をもつて相当とする。

3  本件単車の損害(一一万七〇〇〇円)

前記被控訴人本人尋問の結果によれば、本件事故により被控訴人所有の本件単車は破損し、その修理のために少くとも一三万円を支出したことが認められるところ、これを前記過失の割合によつて按配すると、控訴人の賠償すべき金額は一一万七〇〇〇円とするのが相当である。

4  弁護士費用(三〇万円)

弁護士費用についての当裁判所の認定判断は原判決説示の理由(原判決一五枚目表三行目から六行目まで)と同一であるからここにこれを引用する。

(二)  次に控訴人の蒙つた損害につき判断する。

1  治療費(六九三一円)

成立に争いのない乙第一、第三号証、原審における控訴人本人尋問の結果によると、控訴人は本件事故によつて胸部打撲、頸部打撲、右第八肋骨骨折の傷害を受け、前記倉本病院に昭和四九年一〇月一〇日から同月二五日まで一六日間入院して治療を受け、その結果治療費六万九三一〇円を支出したことが認められる。

ところで控訴人には本件事故の発生につき前記のごとき過失があり、その割合は九であること前述のとおりであるから、右六万九三一〇円をこれにより按配すると、被控訴人が賠償すべき金額は六九三一円とするのが相当である。

2  更に控訴人は逸失利益の主張をするので考えるに、前記控訴人本人尋問の結果によると、控訴人は本件事故当時妻みつとともに農業に従事していたことが認められるけれども、しかし右受傷により控訴人がどれ程の得べかりし利益を喪失するに至つたのか、これを明確にできる証拠はない。

3  慰藉料(二〇万円)

前記認定の受傷の程度及び諸般の事情をあわせ考えると、控訴人に対する慰藉料は二〇万円をもつて相当とする。

4  本件耕運機の損害(四万一五〇〇円)

前記控訴人本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したと認められる乙第四号証によれば、本件事故により控訴人所有の耕運機は破損し修理不能となつたため、控訴人はこれを下取に出して一万五〇〇〇円を受領する一方、新品(四三万円相当)を調達したことが認められる。そうすると控訴人は本件事故により差引き四一万五〇〇〇円の物的損害を蒙つたものというべきところ、前記過失の割合により右損害額を按配すると、被控訴人が賠償すべき金額は四万一五〇〇円とするのが相当である。

5  弁護士費用(五万円)

本件事故の体様、事案の難易、右認容額等諸般の事情を考慮すると、弁護士費用のうち控訴人の損害として被控訴人に請求できる金額は五万円をもつて相当とする。

三  よつて被控訴人の本訴請求は一九八万二八四八円とうち一六八万二八四八円に対する本件事故後である昭和四九年一〇月一一日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において認容すべきであるが、その余は失当として棄却し、控訴人の反訴請求は二九万八四三一円とうち二四万八四三一円に対する本件事故後である昭和四九年一〇月一一日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきであるから、これと異なる原判決を右のとおり変更することとし、民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 綿引末男 田畑常彦 原島克己)

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